本エッセイは『イルミナ』創刊号の一部です。
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赤いシースルーの衣装に透ける細い身体。ラメでキラキラと光る胸元と瞼。目尻まで引かれた長めのアイライン。涙ぼくろ。頬より少し高い位置に咲くオレンジ色のチーク。あどけない少女のようなコーラルピンクの唇。寝転ぶとステージに広がる栗色のストレートヘア。しなやかに伸びた白い手足。手を伸ばせば届きそうな距離で舞う無防備な身体。目が合ったときの挑発的な視線。控えめな笑み。――これらは、私が初めてストリップを観に行った日に、とある踊り子さんが見せてくれた光景だ。
その日は雨が降っていて、とても寒かった。都心から外れた小さな駅を出て、さらに居酒屋の並ぶ通りを少し歩くと、雑居ビルの一階に目的のストリップ小屋の看板が見えてくる。劇場というよりも小屋と言った方がしっくりくるような、小ぢんまりとした場所だ。中はとても狭くて薄暗く、奥へ入ると籠った空気特有のムワッとした匂いを感じた。客席に伸びた花道と円形ステージの周りを取り囲むように設置された長椅子は、ほぼ男性客でぎっしりと埋まっている。何とか席に座れたものの、隣の人と肩が触れ合うほどの距離感なので、居心地の良い空間とは言い難い。
そんな場所で踊り子さんたちは、磨き上げた身体を見せ、懸命に踊り、肌に汗を滲ませ、キラキラと輝いていた。中でも一際眩しく感じたのが、冒頭に記した踊り子さんだった。彼女は、一つ一つの身体のパーツが美しく、計算しつくされた仕草や表情があまりにも色っぽかったので、私は初見にもかかわらず骨抜きにされていた。
ただ、彼女のショーを観ている最中の感情を一言で表すのは、とても難しい。彼女の美しさに対する感動はもちろん大きかったが、その一方でストリップへの好奇心が満たされていく心地よさや、見てはいけないものを見ているような背徳感、性欲を掻き立てられるような興奮も感じていたからだ。そして、いま自分がどんな顔をしてショーを見ているのかが、常に気になっていた。ステージにいる踊り子さんからの視線を気にした過剰な自意識だったと思う。ショーを観て私が何を感じているのか、見破られてしまうが怖かったのだ。あんなに至近距離で女性の身体を見るのは初めてだったから、「綺麗な身体!」と羨望の眼差しを向けるのか、「触れてみたい」と欲望に満ちた瞳で見つめるのか、「ほう、これがストリップというものなのか」と好奇心に満ちた顔をするのか。どれが正解なのか、私にはわからなかった。だからどんなに感情が高ぶっていても、私はただ下唇を噛みしめた硬い表情でステージを見ていたと思う。
ショーが終わると、踊り子さんとの撮影タイムに入る。お客さんが次々と席を立ち、ステージに向かって列を作っていたのを見て、私も財布を握りしめて最後尾に並んだ。リクエストに応えてポーズをとったり、お客さんとツーショットを撮ったりしているのを眺めていると、すぐに私の順番が回ってきた。並んでいる最中に何を伝えようかと考えていたのだが、ごちゃまぜになった感情を言語化するのはとても難しく、上手い言葉を捻りだせずにいた。それで咄嗟に口から出てきた言葉は、「すっごくエッチでした!」という稚拙すぎるものだった。それでも踊り子さんは満面の笑みで「ありがとう!」と言って、一緒に写真を撮ってくれた。
撮影の後すぐに、オープンショーと呼ばれるカーテンコールが始まった。踊り子さんはTシャツ一枚で出てきて端から順にお客さんの手を引っ張り、無防備な身体へ引き寄せていく。手の届かない場所にいる観客には大きく手を振り、客席の隅から隅まで笑顔を振りまいていた。私も差し伸べられた細い手をとると、他のお客さんと同じようにグッと引っ張られ、ほぼ全裸に近い踊り子さんの身体が目前まで近づいてきた。私は恥ずかしいような嬉しいような気持ちで、不格好な照れ笑いを浮かべていたと思う。
会場を出てから、初めて撮影したポラロイド写真を見た。硬い表情の私と、綺麗な笑顔の踊り子さんが写っている。裏には踊り子さんの可愛い文字でメッセージが書いてあったのだが、それを見て驚いた。「キラキラした瞳で観ていてくれた顔、とーってもかわいかった♡」と書かれていたのだ。ストリップを観ている自分はずっと、ぎこちない表情を浮かべていたつもりだったのだが、踊り子さんからは“キラキラした瞳”に見えていたようだ。私はきっとまた、彼女に会いに行ってしまうだろう。オープンショーで一瞬だけ繋いだ右手からは、お花のようないい匂いがした。
南明歩(みなみあきほ)
会社員&業務委託で生活するライター。WEBメディアでヴィジュアル系バンドを中心にコラムやレポートを執筆。埼玉県出身の平成生まれ。ストリップ初心者。@milk0808mm